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飄々と生きたい、飄々と行きたい、飄々と逝きたい・・・思いのたけは川柳となってあふれてきます。ご一緒に漂いましょう。 |
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「桃酔」の巻 |
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| 2005/04/01 |
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青春も余生も酔うて法善寺
法善寺参詣道入口つまり水掛不動のある入口のこと。何故こんなややこしい言い方をするかというと所謂法善寺横丁と言うのはもう一つ北の筋で法善寺にはこの二本の筋しかない。入り口にすっぽんと河豚でおなじみの浅草がありその西向いに浪速浮世絵館がありその隣のビルの二階に目当ての「桃酔」がある。サラリーマンや横文字職業の人達ご愛用の割烹である。とにかくメニューが限りなく豊富。私のように入れ歯ガタガタで硬いものが噛めずどこへ行っても注文のメニュー選択に困るものにも「桃酔」は安心して行ける。次に安価である。もう少し安くしてくれなどとはとても云いにくいほどの安さである。世の中には美味い店は数多くあるが美味くて安い店は滅多に無い。美味ければ高いし安ければ不味いのが相場である。金が無ければ安くても不味くない店を探すのが利口である。そしてこう呟く「値の割りに結構いけるじゃん」。桃酔をそのような店と同列にしては困る。美味いのである。そして安いのである。あの店の何が美味いとか言うのではなくメニューの全部が美味い。食べ歩き数十年昨今の美食番組の魁を作った爺が言うのだから間違いない。そんなに提灯持って何ぼか貰ってるなどと言う下司の勘ぐりは止めよう。そんな金を俺の息子が出す訳が無い。そう、実は正真正銘の息子である。それも結婚五回の栄誉ある最初の子供である。しかし女極道の父親に抱かれること無く育った。料理はおろか数の数え方すらも教えられなかったが曽祖父からの味のDNAは受け継いだらしい。
安くて美味い店があれば誰でも行く。宣伝の必要など無い。口から口へいつも三十席ほどが満員の盛況。予約せず入れたためしがない。欠点といえばそれ位。いやもう一つある、親父には愛想が悪い。仕返しかもしれぬ。でも貴方は親父じゃないから心配要らぬがこの文を読んだとか知り合いだとかいわぬこと。勘定が高くなることは無いが安くなることも無い。寧ろ愛想が悪くなるかも。(TEL6211〜1572)
「桃酔」満員待つ間も嬉しい身内の情 |
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「つるとんたん」の巻 |
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| 2005/04/01 |
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両手で持ちかねるほど大きい丼でうどんを食べてみると今まで食べていたうどんと違う感覚で食することに気が付く。
同時にこの店に入ると日本人が持っていたイメージにあるうどん屋とは全く違う感覚のうどん屋がそこにある。
直営のチエーンテンが日本橋北詰、北新地上通り、堺筋本町、東京六本木にあるが共通して言えるのは先ず従業員の対応の良さである。そこにあるのは完全なうどんレストラン。しかもメニューの豊富さ。それだけではない。飯時には昼間の安価さ、夜には酒飲みの肴を備え宴会にも対応できる広さもあわせ持つ。今回は特に本町店を案内しよう。
堺筋本町を北へ八分三十秒、UFG本店の裏。ここはうどんレストランではなくうどん料亭である。実際元料亭をそのまま奇麗に模様替えしてうどん屋にした。こんな床の間つきの部屋でカレーうどん食べてもええんかいなと思う程である。昼はサラリーマンの昼食で混んでいるが夜は充分接待にも使える。ただ残念なのは接待される側がうどん屋かと思うところだが料理が出ればそんな懸念は吹っ飛ぶ
我々相合傘の句会も時折使わせて貰う。文化人という人種は味と値段に煩いだけでなく扱いが悪いとか僅かなことでも文句たらたらだから幹事は評判の良い処しか選ばない。そんな訳でつるとんたんは文化人お墨付きの店である。
特に評判は最初に出てくるうどんの突き出し。後で鍋に入れる麺よりやや細めでうどんより蕎麦が好きな私もこれだけは時々お変わりする。一口入れた舌触りと喉越しの良さが他の追随を許さない。腰がありすぎず柔らかすぎずピタリ口中にまつわる感触はいい女にキスされたのと同じ感激がある。跳ねる活け海老を蓋で抑えてのうどんすきなど贅沢そのものだ。しゃぶしゃぶもあるが最後はうどんで締める
ここのうどんはすべて自家製。その粉の調合と出汁の秘密はこのグループの専務が握っている。何を隠そう私の川柳の一番弟子であるが日夜出汁の研究をしているせいか川柳の方はうどんのようには上手くない。
最後につるとんたんのカレーうどんは私好みの調合。
すき焼きの肉を節約うどんすき |
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